オレはデイビットからの依頼を引き受けた後、その足で『ショップ天上院』へ向かった。
不動を始末するには、サイレンサーが必要だ。
デイビットの説明によるとラブソフトでは明後日の夜に大掛かりなメンテナンスを予定しているという。
通常のメンテナンス業務はエンジニアが手分けして作業にあたるらしいが、ホストコンピューターのパスワードロックを外す作業は不動が一人で行うとの事。
パスワード管理者である不動が一人きりで作業をする時・・・それが決行の時となる。
コンピュータールームは不動一人だが、別フロアにはラブソフトの社員が残っている。
それに、24時間体制で警備員が常駐している。
発砲音を響かす訳にはいかない。
・・・天上院吹雪・・・こんな形で再会を迎えるとは思ってなかった。
『ヤツ』の条件を満たす天上院に仕事の手助けを頼むのは釈然としないが、不動を始末するには仕方ない・・・。
何て・・・天上院には、何て言えば良いんだろう?
この前会った時、天上院はオレには売れないと言っていた。
いや、正確には『今のオレにはダメだ』って・・・。
もし『ヤツ』がオレの想像通りに天上院だったとしたら、理由をつけて断ってくるだろう。
・・・。
「十代くん・・・?キミってば何でいつも店の前で固まってるんだい?」
店先で、天上院へ銃の調達を頼むのに何て言おうか考えていたら天上院に出迎えられてしまった。
「おかしなコだね。さぁ、遠慮する事なんてないから店の中に入りなよ・・・。十代くん」
・・・今日も出端を挫かれてしまった。
いずれにせよ今日のところは銃を調達出来れば良いだけだ。
先日のように、天上院のペースに乗らないように気を張らないと・・・。
店内に入ると天上院はタバコに火をつけ一息大きく吐いた後、口を開いた。
「で・・・?今日はどうしたんだい?フィギュアでも買いに来たのかな」
オレが今日来た事を警戒している・・・?
何度も訪問されるのは迷惑だってのか・・・。
・・・天上院は独特のペースを持っている。
下手に探り合って、天上院のペースに乗せられてしまったら後の祭りだ。
正攻法で攻めてみよう・・・。
「天上院さん、カイザーの仕事の引継ぎでどうしてもサイレンサーが必要なんです。調達して下さい」
天上院はタバコを吸いながらオレを見つめる。
・・・何だ?
・・・。
・・・・・・。
いつまでも黙って見つめ続けられると気味が悪い。
「悪い事は言わない。止めときなよ」
っ・・・!
天上院は低い声ではっきりと、力強く答えてきた。
どうせ、素直に協力しないだろうと思っていたが、オレも簡単に引き下がる訳にもいかない。
「どうしてオレにはダメなんですか?」
「今日はダメとは言ってない。僕は『止めときなよ』って言ったんだ」
えっ・・・?違いが・・・あるのか・・・。
やっぱりコイツは掴めない。
納得のいく説明をしてもらおうじゃないか。
「どういう事ですか、天上院さん」
「この前の十代くんは目が死んでいた。そんな状態で殺し屋を続けたところで結果なんて知れたモノ。だから『ダメ』。今日の十代くんは生きた目をしている。だからと言って、殺し屋は誰にでも務まるモノじゃない。だから今日は『止めときなよ』だ」
え?何??
何だって・・・?
・・・スルスル理路整然と言われるなんて全くの予想外で良く聞き取れなかった。
「違いが分かるかい?十代くん」
ん・・・?
何となくだけど・・・天上院に分かりませんって言うのは癪だ。
「この前は拒否。今日は忠告って事ですか?」
たぶん、そういう事だと思う。
違ったか・・・?
「そのとーり。はははっ」
何となくホッとしてしまうが、なぞなぞをしに来たんじゃないんだ。
「だったら、条件次第って事ですよね」
天上院の真意は相変わらず掴めないままだが、今日は売るつもりがない訳じゃなさそうだ。
「いんや・・・、そうとは限らないよ。ダメだと思ったらダメ。嫌だと思ったら嫌。そういう事だから。はははっ」
訳分かんねぇ・・・。
結局、何が言いたいんだ、天上院は。
「結局・・・、自分に都合が良ければ乗って悪けりゃ反る。そういう事?」
天上院は金になびくだけ・・・か?
「その通りだよ。で、何が悪い?」
っ・・・!
特別凄まれた訳じゃないが、居直ったようにもとれる天上院の言葉に少し威圧された。
「対価・・・報酬次第って事ですか?」
「それもある。当然の事だしね」
天上院はオレに鋭い眼光を突き付ける。
この気迫・・・雰囲気って、まるで・・・いや、そんな事ない。
オレは、ふと頭を過ぎった想いを掻き消した。
余計な事を考えずに、天上院が請け負う条件を聞き出す事が優先だ。
「要求額を教えて下さい」
具体的に天上院が飲む条件は?
天上院の口から言わせてやる・・・。
「十代くん・・・僕は『止めときなよ』って最初に言ったよね」
「忠告は・・・参考として受け止めます。でもオレはカイザーの意思を継いでいきたい。天上院さん、要求額を聞かせて下さい」
条件を満たせば、乗るのか、反るのか。
「どうしても止めないのかい?」
「えぇ・・・。天上院さん、要求額を・・・」
お前は金になびくのか?どうなんだ?
「十代くんが受け取る成功報酬の40%。それ以上でも、以下でも応じない」
詰め寄るオレに、ついに天上院は口を割った。
40%・・・。
調達して流すリスクとしては結構な要求額だ。
「それだけじゃない。あと・・・」
まだ何か要求があるのか・・・?
「十代くんの命、預けてくれる事」
何だって・・・!?
「今後僕たちは二人で一人。殺しに対して調達と実行を役割分担。一度組んだらどちらかが死ぬまで離脱はなし。互いの十字架を背負い合う」
天上院の口調は毅然としている。
この気迫と雰囲気・・・さっきオレの頭を過ぎった想いが再び膨らむ。
・・・カイザー・・・。
そんな事ない、ある筈がない。
天上院吹雪は『ヤツ』の条件を満たす唯一の男。
そんな男がカイザーに似ているなんて・・・ありえねぇっ!!
「それが僕の条件・・・。亮の時と全く同じ」
・・・。
・・・・・・。
「要求額に関しては問題ありません。必ず報酬の40%をお渡しします」
天上院と組むなんて・・・『ヤツ』かも知れないコイツと組むなんて・・・。
「ふふっ・・・」
えっ・・・!?
一瞬、天上院が笑ったように見えたが・・・オレの気のせいか。
「サイレンサーは必要だけど、殺しは自分一人で背負いたい。要するに僕とは組みたくないって事かな?」
だとしたら・・・何だって言うんだ・・・。
「十代くん・・・キミは何で今回の依頼を受けたんだい?金・・・じゃないよね・・・」
関係ない・・・アンタには関係のない事だ。
「殺しに良いも悪いもない。殺しは殺し」
コイツ・・・!?
カイザーと同じ事を・・・・・・。
「一度十字架を背負ったら二度と外せない。その十字架の縛りを和らげられるのはソイツを殺して救われた人の数・・・」
・・・分かってる・・・そんな事は分かっているんだ。
この世界を選んだ時から何度となく噛み締めてきたカイザーの教え・・・。
だからこそ、オレが不動を・・・。
「今の十代くんじゃ・・・止した方が良い。亮ですら、命を落としたんだ」
っ!
カイザーを例えに出されて、オレは思わず天上院を睨みつけた。
だが、そんなオレを諭すように天上院は静かに話し続けた。
「足を洗いなよ、十代くん。一人で渡れる世界じゃないんだ」
天上院の言っている事は、正しいのかも知れない。
でも・・・でも・・・『ヤツ』の条件を満たしている天上院の言葉を素直に受け入れるなんて、感情が許さない。
「亮の仇を討ちたいんだろうけど、今の十代くんじゃ、亮の二の舞だ。辛いのは分かるけど・・・、亮の事は忘れるべきだ」
そんな・・・そんな事・・・カイザーを忘れるなんて・・・出来ねぇよっ!!
・・・どうすれば良い・・・どうしたら良いって言うんだ。
カイザーを殺した『ヤツ』かも知れない天上院と組まない事には銃を調達出来ない。
「どうしたら良いって言うんだ・・・」
頭を巡る言葉が口から漏れた。
天上院はオレが漏らした言葉に思わぬ提案をしてきた。
「十代くん・・・キミさ、此処で暮らしてみたら?」
何だって?
天上院を疑っているオレに此処で暮らしてみないかと提案するなんて・・・何を考えているんだ。
「オレは・・・天上院さんがカイザーを殺した犯人だと疑っているんですよ・・・」
「そんな誤解はすぐ解けるさ。それより・・・」
天上院が言うには・・・カイザーを忘れるとは全ての思い出を消し去るのではなく、今の辛い気持ち、悲しい気持ちを薄めるようにカイザーとの生活で楽しかった事、一緒にいて嬉しかった事の思い出で少しずつ、全てを塗り替えていくのだと。
その為には・・・カイザーを良く知り、裏社会での生活も理解していた天上院の側にいるのが一番良いと言う。
今のオレに必要なのは、カイザーの事を語り合える相手だと、更に天上院は付け加えた。
カイザーを忘れる事が出来た上で、オレが殺し屋としてカイザーの意思を継承するならいずれにせよ銃器の調達が必要になる。
もし、殺し屋として暗躍するなら天上院の存在が必要になる・・・と。
・・・天上院の話は分からないでもない。
・・・。
何故だろう・・・何故か、天上院が時々カイザーと重なって見える。
・・・。
確かに此処で暮らせば天上院が『ヤツ』なのか容易に見極められるだろう。
・・・。
それは出来ないと断る
天上院と暮らしてみる